久しぶりに見る(考えてみたらかれこれ一年近く会っていない)顔を見つけて、会えて嬉しいとか久しぶりとか懐かしいとか驚くとかそういう感情が起こる前にまず脱力を覚えた。
 神出鬼没はソイツの代名詞のようなものだが、よりにもよってここで来るかと思ったのだ。
 その上、机に突っ伏して相変わらずの様子で寝こけている。
 傍若無人っぷりも全くいつもどおりで苦笑するしかない。
 自校のキャプテンの後ろに続いて席に座りながら、黒川柾輝はやれやれと息を吐き漏らした。
 その人物―――思いっきり目立ちまくっている金髪の―――と名乗る子供に会ったのはまだランドセル背負って学校に通っていた頃のことだ。
 小学校のサッカークラブでは物足りなくて、フットサルをするようになって幾許も経っていない頃。
 その日も、初めて足を伸ばしたフットサル場で、いつものように人数合わせに混ぜてもらったのだった。










ひよこの道程

番外その1












 どうやら対戦相手も人数が足りないようだ。
 ふと気づいて柾輝はじっとそちらへ視線を注いだ。
 どうするのだろうと思って見ていたら、その対戦相手が自分の視線に気づいて笑いかけてくる。

「悪い悪い。ちゃんとメンバーは揃ってるんだけど、戻ってこなくてね。今探しに行ってる」
「戻ってこない?」

 今度は疑問を口にすると、彼は苦笑した。

「さっき一ゲーム終えてから飲み物買いに行くって出て行ったんだよ。かれこれ三十分は経ってるから、きっとどっかで眠りこけてるんだろうな」

 その言葉にどんな人間だ、と思ったことは否定しない。
 が、それを言葉にする前にその本人と思しき人物がやってきたので口に出すことはなかった。
 やってきた大人の腕に洗濯物のようにぶら下がっている子供は、下手すると自分より年下かもしれないと思う。
 自分はこの頃にはもう、中一と言ってもぎりぎり通じるくらいの体格に育っていたが、どう見積もってもその子は自分より頭一つ分以上小さい。
 金色の髪がさらさらと風に揺れる中、ソレはまだ寝こけていた。
 文字通り身体ごとゆすられて「むみゅ〜」などとわけのわからない奇声を発している。
 向こうのチームの一人が慣れた手つきで、チョコバーをその口元へ差し出した。
 目を閉じたままその匂いをかぎつけたその子供は無意識のまま大きく口を開けてぱくんとそれに食らいつこうとしたが、その直前にさっと引き戻されて空振りに終わる。
 ガチッと歯が鳴ると同時に、子供は「あれ?」と目を覚ました。
 きょとん、と前方を見て、自分の腰に回っている腕を見て、自分の真上を見上げて、左右を確認して、子供は声を上げる。

「え?なになに?ラチカンキン?」
「誰がだっ!次、試合だって!」

 他のチームメイトが笑い声を上げる中で、子供を抱えてきた男は冗談じゃないとばかりにがなった。
 かく言う柾輝自身も大きく噴き出して肩を震わせている。
 笑い声に包まれながら、子供は「そーゆーことなら早く言ってよー」などと文句を言いながら、大人の腕から飛び降りた。
 柾輝は通り過ぎた笑いの衝動の名残を指で拭いつつ、俄漫才を眺める。
 運んでくれた男の文句を軽く受け流しながら、その子供の目がそんな自分の前で留まった。
 開かれたまぶたの中は見る者を吸い込むようなパウダーブルー。
 髪は染めただけで、その目は当然のように黒茶だろうと思っていた柾輝は、予想外の色に身体の奥がざわめいた。
 外国人だろうか、と思う次の瞬間に、自分でそれを否定する。
 多少血は混ざっているのかもしれないが、どちらかと言うと日本人的な顔立ちだ。
 相手はこちらの戸惑いに気づいてもいない様子で、柾輝に近づいてきた。
 初めて見る相手に興味を持ったらしい。この場で唯一の子供だと言うこともあるのかもしれない。

「こんちわっ!僕!」

 えらく直球だな、と思いつつ柾輝は自己紹介を返す。
 …ということはこいつ男か、とようやく判別した事実に柾輝は息をついた。
 さっきからどっちだろうと気になっていたのだ、実は。

「次の対戦相手?ここ初めて?他の人は見覚えあるけど。臨時メンバー?」

 柾輝は矢継ぎ早の質問に苦笑しつつ、「そう。」と端的な答えを返す。
 続けて、

「お前は?」

 と聞くと、少年はにっこりと笑った。

「僕はねー、ここは良く来るんだけど、大抵一人だからいつも臨時で混ぜてもらってるんだー。
 まあ、今日みたいにお馴染み顔ぶれに入れてもらうことも多いんだけど。ところでクロって呼んでいい?」

 さらりと最後に妙なことを言われて、柾輝は一瞬その意味を取るのに考え込む。

「ダメ?」
「できればやめてくれ。犬みてぇだし」

 彼はちぇーっと心底残念そうに舌打ちした。

「普通に柾輝でいい。大抵そう呼ばれてるから」
「そー?じゃーそうする。僕もでいいよー。フットサル仲間は大抵ひよとかぴよとか呼ぶけど」
「……ひよこ?」

 は「うん」と頷く。

「ほら金髪だしょ?ついでに行動様式がまるきりヒヨコのよーだとか何とか言っちゃって」
「あーなるほど」
「え、そこ納得するところ!?」

 がびんと驚くに柾輝は小さく噴き出した。

「まんまじゃん」
「ガーン!初対面の人間にそこまで言われる僕って何者!?」
「ひよこだろ?」
「ひどっ!」

 どうやら息のあったらしい子供二人の様子に、周りの大人たちは微笑ましく彼らを見守っている。
 もちろん当の二人はそんな周囲の様子には気づいていない。

「ところでお前、何年?」
「僕?僕は小五だよ」
「へえ?」

 柾輝は驚きに目を見開きながらを見つめた。
 同い年とは思っても見なかったのだ。
 柾輝は学年でも大きい方だが、きっと彼は学年でも小さい方だろう。
 それくらいの身長差がある。
 さっき初めて見た時は頭一つ分くらいだろうと思っていた差は、確実に頭一個半はある。
 しかし考えてみればクラスで一番小さい男子もこのくらいだった気がする(仲が良くないのでうろ覚えだが)。
 マジマジと見つめてしまったのが気に障ったのか、は訝しげにこちらを見上げてきた。

「悪ぃ、まさか同い年とは思わなかったからさ」
「は?同い年?小五?」

 素っ頓狂な声に頷きを返すと、金髪の少年は柾輝の姿を上から下までじっくり観察する。
 そして下から上へ戻りしげしげとその顔を見つめると、驚きに声を上げた。

「でかっ!」
「それを言うならお前がちっさ……」
「うるさいやーい!」

 えーいとばかりに頭突きをかましてくる頭を受け止めて、柾輝はぐちゃぐちゃにその髪をかき混ぜる。

「おーい、そこの二人!仲良くなったのは良いけどそろそろ始めるぞー!」

 と。俄チームメイトの声がかかるまで二人はじゃれあっていた。
 向こうはどうだか知らないが、妙にウマが合う奴だと思った。
 それが不思議でならない。
 クラスの人間とはそこそこに合わせることができても気の合う奴は出来なかったから。
 これまでは周りがガキっぽすぎるからだと思っていたが、どうやら違うのかもしれない。
 何故と言って、が年相応にガキっぽい奴だったからだ。
 自分は年不相応なところがあると言われるような性格だからだろうか、特段にそう感じられた。
 ならばこれまで同級生達と気が合わなかったのは何故だろうと首を傾げる思いだ。
 他にその素因があるのだろうかとじゃれあいながら考えていた。
 しかし、対戦に入ると、ただガキっぽいという印象はがらりと変わった。
 不敵という言葉が良く似合う。
 そしてちょこまかとすばしっこく、大胆だ。
 ――――巧い。
 舌を巻くと言うのはこういうことかと実感する。
 今まで会った同年代の誰よりも上手いんじゃないかと思った。
 技術的にも上手いのに、相手の意表をつくのはさらに上手い。
 今まで入ったシュートの三分の二を決めている。
 正面から競り合ってみたら、果たして勝てるだろうか?
 そんなことを考えつつ柾輝は口の端を持ち上げた。
 これほど楽しめるゲームは初めてだった。

 ゲームが終わってから自動販売機の近くのベンチで駄弁っている途中、ようやくウマの合う理由がわかった。
 話しながら垣間見えた一瞬の表情がそれを確信させる。

「……なるほどなー」
「はっ?」

 唐突なつぶやきには不思議そうに声を上げた。

「いや、妙にウマが合うのは何でだろうなって考えてたんだ」
「会話しながら?器用だね?」

 感心したように目を丸くするの頭を、くしゃりと撫でる。
 彼は明るい笑い声を上げ、嫌がるふりをしつつその手を追い払った。

「それで?何がなるほどなの?」
「んー。」

 問いかけられて柾輝は言葉を捜すように空へ視線をやる。
 手の中のコーヒーを一口飲んで、

「つまりは似た者同士みたいなもんだよな」

 それが予想外の言葉だったのか、はとたっと地面に降り立つと柾輝の正面に回ってしげしげと彼を観察した。

「ぶっちゃけ、おおよそ正反対だと思うけど」

 色も白と黒だしー、大きさも凸凹だしー、顔も目つき悪いのと柔和なのと正反対だしー(自分で言うか?と蹴り出した足はあっさり避けられた)。

「誰も外見がつってねーだろ」
「やー、でも中身も正反対だと思うよー?」

 小首を傾げるに、柾輝は口元を歪めて見せた。

「そうかもな」

 どこか楽しげな柾輝の言葉へが唇を尖らせる。

「ちょっとー!そーやって誤魔化されたら余計気になるんだけど!」

 柾輝が肩をすくめて見せると、むきーっと奇声を上げつつは拳を繰り出した。
 それをぱしっと簡単に受け止めつつ、柾輝は彼にしては珍しい笑顔を見せる。

「正反対が似ていない理由にはならないさ」
「……十分なると思うけど」

 ふくれるに、柾輝は苦笑しながらどう言葉にして良いかわからない、と告げた。
 はそれでも拗ねた表情でじっと柾輝に視線を注いでいたが、そのうちやれやれと言わんばかりにため息をつく。

「まー、そのうち整理がついたら教えてよ」
「ああ、そうする」

 言質を取ってようやくは満足そうに瞳を煌かせた。
 それを見取りつつ、柾輝はさてどうやって説明したものかと考える。

「あー、でもなんとなくわかるような気がしてきた」

 隣に移った小さい影に、柾輝は視線を向けた。

「一匹狼ちっくな感じー」

 言われて柾輝はあー、と声を漏らす。

「それもあるよな」
「他にある?」

 聞き返されて視線を流す。

「………何かを探してる」
「……何を?」

 は初めて真面目な表情を見せた。
 問い返してはいるが、どこか思い当たるものがあるのかもしれない。

「……居場所」
「居場所?」

 ポツリとこぼれた言葉に鸚鵡返しが返る。

「思いっきりサッカーができるところ」

 柾輝の声に、彼の小さな唇から「…ああ、」と納得の音が漏れた。
 自分で言っておきながら、一番の理由はそれかと自分が何となく納得する。
 お互い詳しい今の環境を語ったわけではないが、少なくとも自分の周りには己を解き放てられるところがないから、わざわざ遠くに足を運ぶ。
 だが、それだけでもない。
 普段無邪気でありながらどこか冷めたものを持っていると、普段冷めていながらそれでも一部年相応の無邪気さがある自分と、どんな違いがあるのだろう。
 ちらりとへ視線を送ると、彼はやけに大人びた苦笑で小さく肩をすくめて見せた。










 当時のことを思い返して、柾輝は立ち上がりながら喉の奥でククッと笑いを漏らした。
 視線を流すと、あの日知り合ったヒヨコは相変わらずすよすよと眠りをむさぼっている。

「何笑ってんだよ、マサキ」

 隣で兄弟の片割れがおもしろくなさそうに苦情を申し立てた。

「そうだよ、補欠扱いされたってのに」

 弟の方が明らかにムカっときている表情で言う。

「言わせとけよ、すぐにわかるさ俺らの実力も、監督の実力も」
「そういうこと。わかったらさっさと行くよ」

 逆隣で立ち上がった我らがキャプテンが、いつものあの笑みで言い捨ててから背を見せた。
 その背中に続きながら、柾輝はだいぶ人の減った部屋の一点へもう一度目を移す。
 起こした方が良いだろうなと思うが、馴染みの背中へ近づく影を見つけて唇の端をあげた。
 どういう事情でこんなところへ潜り込んだか知らないが、かまいつけて一から十まで面倒見る必要はなさそうだと見切りをつけると、口元に笑みを浮かべたまま部屋の扉を潜る。
 そういえば人の輪に溶け込むのは得手だったなと思い出しつつ未だ納得しかねる顔の畑兄弟を振り向いて促した。
 その視線の端に、肩を揺すられている旧友の姿が映る。
 この合宿、何が起こるのか。
 予想外の楽しみが増えて、柾輝は嬉しげな笑みを残しつつ部屋を後にした。












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(黒川少年と初顔合わせの巻。つーか君いくつよ?って感じ(爆)。
 黒川氏視点なので地の文のヒロインはで統一。書きにくかった…)

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